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“面白がり屋”のブロガーたちが、今日も「つれづれなるままに……」。

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PROFILE

SHOICHI KAJINO
梶野彰一

フォトグラファー/文筆家/パリ


幼くして自らをフランス人だと思い込む国籍同一性障害を発症。それ以来、心はパリに置き去り。悲観的なので口癖は「メルド!」と「セラヴィ」。好きな区は7区。好きな避暑地はサントロペ。好きなお城はヴェルサイユ。座右の銘は「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」。どちらにせよフランスのために生きようと日々思っています。
http://cherchem.exblog.jp


Shoichi KAJINO
Photographer, Journalist or Fou de la France


Bonjour de CASINO DE PARIS!
The first symptoms of national identity disorder appeared in my youth. Since then my heart is belonging to Paris.
My favorite French words are "Merde!" and "C'est la vie". My favorite arrondissement is 7ème. My favorite vacances are in Saint-Tropez. My favorite chateau is Versaille, of course. "Let them eat cake", devoting my life to Paris and France! Voila!

CALENDAR

Éric Rohmer est Mort

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ふと、エリック・ロメールの特集上映があるのを知る。
もうこの週末からだ。

この春にリリースされたCLIOというお嬢さんのレコードを聴いてかたまった。
「エリック・ロメールが死んだ」という曲が素晴らしすぎる。
歌詞を聴いているといろいろなロメールの映画が脳裏をよぎるのだけれど、結局どれがどの映画だったかは思い出せない。


ピカソ美術館で少年たちが話すのはどの映画だったろう。
哲学の先生が出てくるのは、数学の話題が出てくるのはどの映画だったろう。
マリー・リヴィエールは何本のロメール映画に出ていただろう。

ほとんどのロメール映画で主人公たちは、公園のベンチとかカフェとかテラスとか道ばたでで、ワインとかカフェとかタバコを片手に、あるいはただ歩きながらずうっと話している印象がある。
ほとんどのロメール映画を、僕は六本木とか渋谷とかの小さなスクリーンで観たり、VHSで一生懸命に観たけれど、たいていは途中でフランス語の心地よさに負けて眠りに落ちた思い出がある。

それでも好きな作品は何本もある。
「緑の光線」「クレールの膝」「海辺のポーリーヌ」「夏物語」「満月の夜」......
タイトルは容易に挙げられるけど、ロメールの描く夏のお話が好きで、すべてのあらすじを混同している気がする。
「満月の夜」はELLI et JACNOの音楽とパスカル・オジェの存在があって特別な一本。

なぜかニューヨークでフェニックスといっしょにロメール映画を観るというファンの集いがあって「コレクションする女」を英語字幕で観た。
それはソフィア・コッポラが自宅の棚から選んだ作品だった。
ロメールが死んだ2010年のことだった。

なんでも先のCLIOは大学でロメールをテーマに論文を書いていたそうで、その完成する前にロメールが亡くなってしまって、この歌が生まれたんだとか。

僕ももっともっとロメールの語り口で、どこか寓話めいたような他愛のないエピソードをききたいと強く思った。
たぶん、また途中で眠ってしまうだろうけど。

VOLEZ VOGUEZ VOYAGEZ

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4/23から紀尾井町の特設サイトで始まったLOUIS VUITTONの歴史をめぐる大回顧展「VOLEZ VOGUEZ VOYAGEZ」
今回はオープニングにあたってのエトセトラの撮影でご一緒させて頂いたおかげもあって、じっくりすみずみまで見ることが出来た。

昨年パリのグランパレで行なわれていた展覧会の巡回展であるが、日本とLOUIS VUITTONの深き関係を考えれば、単なる巡回に終わらない。
16のセクションに渡ってブランドの歴史や魅力をひもといている展覧会、その最後のセクションのテーマはまさに「日本」。草間彌生、村上隆、川久保玲とのコラボレーションで生まれたまだ記憶に新しいいくつかのモノグラムのバッグ。そして白州次郎所有のLOUIS VUITTONの鞄の横には、なんと板垣退助がパリで買ったというLOUIS VUITTONのトランクが鎮座している。


この展覧会があまりに魅力的だったのは、僕の執拗なトランク愛のせいもあるかもしれないが、それだけだろうか。
LOUIS VUITTONの歴史はそのまま「旅のスタイル」の変遷の歴史でもあったわけで、トランクやバッグの形状が旅のスタイルとともに、どのように進化していったかを辿ることが出来る。かつて裕福な旅人たちは、いかに「日常のすべて」を持ち運べるかを挑戦していたかのような時代もあった。この直方体の箱に「ワードローブを」「書斎を」そのまま詰め込むとか。船・列車の旅から飛行機の旅に移っていくと、いかに必要最小限で身軽に動くかに重点が移ってくる。

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一番小さなトランクはニコラ・ジェスキエールのファースト・コレクションでアップデートしてミニマムに最小化したもの。スマートフォンとカードケースくらいしか入らないサイズのそのポーチの右端にマークされた3つの「X」はかつてのアーカイヴからインスピレーションを受けていたのを知る。

マティスやヘミングウェイからムッシュ・ディオール、イヴ・サンローランまで顧客カードがずらりの並んでいたのにも圧倒されるが、LOUIS VUITTONのトランクといえば、忘れられないゲンスブールのエピソードがある。かつて葛籠のような大きなLVのトランクを買ったセルジュは、その特徴的なダミエだったかモノグラムの柄を隠すようにと真っ黒に塗って愛用していたというもの。その写真を(あるいはあの回顧展で現物を?だったのか)どこかで目にした記憶があるのだけれど見つからない...。

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このカスタマーカード、マティスが当時住んでいたニースのシャルル・フェリックス広場の住所まで記していて感動するが、なんだかフィリップ・ワイズベッカーが描いた作品のようなかわいらしさもある。

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その横にはダミアン・ハーストの蝶々が舞い、リチャード・プリンスのリトグラフが並んでいる。ステファン・スプラウスのグラフィティが入ったスケボー・ケースもあった。第一の部屋にはひっそりギュスターヴ・クールベの油彩が飾ってある。奇妙なミュージアムのような。


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個人的に小さく(でも板垣以上に)驚喜したのはウェス・アンダーソンが「ダージリン急行」の撮影のためにマーク・ジェイコブスに依頼した、動物柄が刻印された一連のトランク、バッグのシリーズを目の前に発見したことだった。

そのテーマを追いながらもランダムな展示は、時代も空間も自由自在に行き来して旅するような感覚がある。その振り幅は膨大すぎていくらでもカルチャーを詰め込められるほど。


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そして、この展覧会のオープニングにあわせて来日したソフィア・コッポラをフォローするというありがたすぎる日々でもあった♥

メルシー LOUIS VUITTON!


Le départ d'Hedi Slimane

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エディ・スリマンがSAINT LAURENTを去るという発表。
出来れば最後の最後まで信じたくはなかったけれど、「C'est Officiel」の書き出しの一報には力が抜けてしまった。

年明け早々に退任の噂が流れ、1月のパリを急遽キャンセルしてロサンゼルスで盛大な「AT THE PALLADIUM」コレクションを発表した時点で、あれがエディの最後の花火なんだと多くのファンは確信してしまっていたと思う。

そして3月7日、ユニヴェルシテ通りのクチュールハウスを会場に披露された「LA COLLECTION DE PARIS」。
これまでのSAINT LAURENTのショーを印象づける音もなく、光の演出もなく、「ニュメロ・アン、ナンバー・ワン...」の淡々としたルック番号を告げるアナウンスと、モデルたちの足音が石の床に響いたコレクション。
とてもありがたいことに、これまでメンズ、ウィメンズ、ひとつたりも逃すことなく全てのエディのSAINT LAURENTのショーに立ち会わせて頂いてきたのだけれど、どうしてもこのショーだけは生で見ることが出来なかった。

「LA COLLECTION DE PARIS」はクチュールではないとしながらも、明らかにこれまでのSAINT LAURENTで発表してきたコレクションとは一線を画すリュクスな美しさで、ムッシュ・イヴ・サンローランへの愛と敬意に満ちていた。殊に最後に大きな赤いハートのドレスが登場した時の会場に響いた大きな喝采は忘れられない。生涯「LOVE」をテーマにしたムッシュへの敬意の結晶だった。
ショーの最後、拍手の中で登場したエディはムッシュ・ピエール・ベルジェのもとに近づいて、彼の頬にキスをしたというエピソードを聞いた。

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エディ・スリマンのSAINT LAURENTはあまりに美しく完結してしまった。
人々が靡(なび)きはじめると、もうどこかへ逃げ去ってしまう。
誰にも追いつかせない エディ・スリマンはそういう人だ。

Merci et à bientôt, Hedi...


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Charlie ou Houellebecq

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非常事態宣言下のシャルリ、あるいはウエルベック

長谷部千彩さんのブログ()の中に、自分の名前が出てきて驚いた。
自分の積読の山にあった(正確にはAmazonのカートの中に入れっぱなしのままだった)その本を見透かされたようで...。
週末、本屋で買ってきて読んだ「シャルリとは誰か?」という新書。

正確には「2つの前書き」~「序章」を読んで、各論はぱらぱらと飛ばして、「結論」~「あとがき」を読んだだけだ。
この手の数字や理論が並んだ新書が苦手なのです...。
「フランスは自らに嘘をついている。フランスはしばしば、自らが卑小であるときに偉大だと思い込むが、時にはまた、自らが卑小だと知っているときに偉大だと自らにつぶやく」この嘘への試練。
もちろん、ここで試され述べられていることは大枠において理解することはできる。
確かに僕自身もにわか「シャルリ」であったのだ。

そもそもフランス、パリの社会がたたえてきた「Vive la différence !(差異よ万歳!)」なエスプリは、世界的な均一化という相容れない流れの中で、方々できしみはじめていたのは肌をもって感じられていたことだ。
高級ブランドの広告のキオスクの横、ホームレスが日銭を乞うパリの日常は目に痛い。

多様性を賛美していたのは、ある限られた枠内だけの話だったのかもしれない。
移民が増え、システムが入れ替わり、社会の許容量はタテの幅(収入の格差)でもヨコの幅(人種の多様性)でももう想定の枠を越えてしまっている。斜めには思想や宗教という幅もあるかもしれない。
そこには「宗教的空白+格差の拡大=外国人恐怖症」という著者の数式が当てはまり、そのスケープゴートとして生まれるイスラム恐怖症。

行き詰まったフランスへの解決法としてエマニュエル・トッドが結論で導く「共和国への回帰~イスラム教と折り合いをつける」というシナリオは前向きではあるようだけれど、乱暴に言うならば、ミシェル・ウエルベックの『服従』と同じことだったかもしれないと思い出した。

奇しくも2015年1月のテロの当日が発売日であったウエルベックの『服従』で、その週のシャルリの表紙も彼を風刺した絵だった。
「2022年のフランスにイスラム政権が誕生」を予言するなど、とんでもない近未来ディストピア・フィクションで、フィクションといえど国民戦線(FN)の躍進の予言など、実際の政党や政治家なども実名で登場させるあたりが絶妙で面白く読んだ。
暗い現実に目を伏せておきたい自分は、エマニュエル・トッドの書くようなロジカルな分析と提言よりも、フィクションという殻をかぶって、皮肉と自虐に満ちたウェルベックのテキストで描かれる極端な未来の方が、悲嘆しながらも嬉々としてページをめくる手が止まらない人間だ。
(あるいは、まだ外国人恐怖症の根さえ芽生えていなかった、ヘミングウェイの『移動祝祭日』の時代に一気に逃避するか。とにかく現代を読むのは避けよう)。

11月のテロの折、レピュブリック広場の壁に書かれた「たゆたえども、沈まず」の美しきスローガンは、3月のある夜にでたらめな落書きを上書きされて消滅してしまっていた。そしてパリから連鎖して、ブリュッセルが襲われた。
あらゆる方向に膨らみきり、無差別テロや移民政策の是非でヨーロッパは予断の許されない緊急事態が続く。闇は大きく広がるばかり。
抵抗として現実におこる「団結」によって、「自由」は主張されども「平等」や「博愛」は希薄へと向かう。
これを打破できるのは、あらゆる市民が柔軟な想像力と容認力をもつことだけとか、調子の良いことを書くのは安易な偽善のようかもしれないが、それ以上は僕の手には負えない気がするのだ。
「自由」を抑える非常事態宣言は5月まで延期された。
それでもシャルリは道に出る。

SAINT LAURENT AT THE PALLADIUM

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「SAINT LAURENT AT THE PALLADIUM」「FEB. 10TH 2016」とクレジットされたティザー・ムーヴィが公開された瞬間、僕はいてもたってもいられずLA行きの航空券を予約した。ほぼ同時にパリで開催予定だったメンズのショーは急遽キャンセルになったというアナウンス(10日前に...)。PALLADIUMはそれに代わる何かなのだろうか。いずれにせよ2月10日は、LAのその場所にいなかったら一生後悔するという猛烈な予感がした。
その予感はまったく間違っていなかった。

昨夜目撃したのは、エディ・スリマンのSAINT LAURENT、その総決算のような夜だった。

いまや「SAINT LAURENT PARIS」にとって単にインスピレーションのもとというレベルではなく、エディが居を置き、創作の拠点でもあるロサンゼルス。ファッションウィークもメゾンのごたごたも関係のないこの太陽の街で、思いっきりSAINT LAURENTのすべてを見せようという試みだった。

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巨大なコンサートホールのフロアを自在に使ったランウェイは、メンズ/ウィメンズを混在させた100体にもおよぶであろうヴォリューム。これでもかといわんばかりにエディ渾身のルックが足早に押し寄せてくる。エディのシグネチャーともいえるレザージャケット、タキシード・ジャケット、レオパード、パンサー、グラム、ゴールド・ブーツ、ワイドベルト、ヴィクトリアン、ナポレオン、シルバー、ヴェルヴェット、贅沢な刺繍、贅沢なファー...そんなレファレンスを並べ立てる必要はもうないくらいに、何をやろうがすべてがロック、なにがなんでもロックでしかない。

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| photo: sk |


ショーのフィナーレが終わった喝采の中、久しぶりにひょこりと顔を出したエディ・スリマンは、会場に軽く一礼をして去って行った。
「エディ!」という叫びがあちこちから聞こえた。

あらためて、モードの世界で僕が信じているのはこの男だけだと強く思う。

彼が去る後姿が消え、明るくなった会場で、僕は呆然としてしばらく立ち上がれなくなった。
息もつかせない素晴らしいショーを見終えた疲労とともに訪れた、この先しばらくあの細い肩をみれなくなるんじゃないかという当てにならない不安と喪失からにほかならない。


(つづく)

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